足利市とともにある久保田歯科医院の歴史

このカードは昭和54年に初代院長がメーカーさんに提案しつくったリコールカードです。

まだ当時は予防という概念が一般的ではありませんでした。

虫歯が出来たら削って詰めるという対処療法全盛のころから初代院長は時代にさきがけて患者さんの利益を最優先に考えた理念を持ち、実践を続けていました。その証左がこのリコールカードです。

初代院長と久保田歯科医院の歴史

初代院長の経歴

昭和20年7月20日栃木県足利市に生まれる
昭和38年3月栃木県立足利高校卒
昭和45年3月日本歯科大学歯学部卒
昭和57年3月群馬大学医学部第一病理学教室専攻科修了
昭和57年3月医学博士 学位取得(群馬大学)
職歴
昭和45年3月~46年1月東京都淡路歯科医院勤務
昭和46年2月1日久保田歯科医院開業
昭和54年10月~59年4月栃木県立福祉衛生大学校 歯科衛生歯科講師(病理学担当)
昭和54年ムシ歯予防センター開設
TEL:71-6480(ムシバゼロ)
公職歴
昭和46年2月~現在足利市立南小学校校医
昭和48年4月~平成20年山辺幼稚園校医
昭和55年4月~現在天生保育園校医
昭和55年12月~現在栃木県民生委員、児童委員
昭和58年4月~現在足利青色申告会 役員
昭和61年3月~現在足利納税貯蓄組合連合会 役員
昭和55年4月足利歯科医師会 役員
昭和62、昭和63、平成元年国税モニター
平成6年12月山辺西部第一土地区画整理評価委員
平成6年~現在栃木県歯科医師会代議士
11年11月~現在山辺西部第一土地区画整理評価委員
その他、昭和48年より8年間 シンガポール:1名 マレーシア:2名 計3名を留学生として受け入れる。

初代院長の活動

当院初代院長、久保田文良は医療人として臨床に携わりつつ、地域の活動にも積極的に参加してきました。 また、参加のみならず、運営の立場からも地域コミュニティに携わってきて参りました。

それは上、公職歴からも見て取れるように、地元足利で生まれ育ち、公職を歴任して院長にとって自然なことでした。

以下、少しではありますがその活動をご紹介いたします。

敬老会の様子です

久保田歯科医院ギャラリー

久保田歯科医院の風景写真です

久保田歯科医院ができるまで  建築家より

コンセプト

初代院長の確かな実績と信頼と共に、3人のご子の最先端歯科医療がコラボレーションしうる設計が求められた。

先生方は、最先端の現代歯科医療を取り入れ、常に研鑽を行いながら、同時に地域社会に貢献できる歯科医院を大きなコンセプトとして持っておられた。

そこで、建物のデザインコンセプトを得るべく、久保田歯科医院のご家族全員に、『10の連想』をして頂いた。

その結果、

  • 「明るく」 「くつろげる」
  • 「優しさが感じられる」
  • 「地域とのつながり(コミュニケーション)」
  • 「創造的エネルギーの感じられる」

などのイメージが得られた。

そこから

  • 迎え入れる建物配置
  • 明るい内部空間
  • くつろげる待合ロビー
  • コミュニケーションが図れる院内空間
  • 自然素材を用いた「優しさが感じられる内装」
  • 創造的エネルギーが感じられるデザイン
  • セミナー・パーティなどができる「創造的な場」
  • 内部から自然が感じられる「環境に配慮した建物」

などをデザインキーワードとして、設計を進めた。

具体的デザイン

建物全体は、最先端の現代歯科医療のイメージから、白を基調としたモダンなデザインとしながら、和の要素を付加するべく、人工木材の格子を用いた。 格子は、プライバシーへの配慮と共に、内部へ優しい自然光を取り入れることができる。

建物内部は、「清潔感」と、「癒される」空間づくりに留意した。

2層吹抜けの待合ロビーは開放感と共に、受付の木質系の壁により、ホテルのロビーの様な「落ち着き」と「優しさ」を与えている。

1階は、様々な患者さんのニーズに対して、最先端の現代歯科医療を提供すべく、2つの診療スペースと、インプラントを行える手術室、落ち着いた場の特診室、患者さんのメンテナンスやクリーニングのためのケア室を配した。 また、相談室や、バリアフリーのトイレを設けるなど、様々な患者さんが安心して治療できる空間を配した。

2階は、スタッフ室、ドクタースペースなど、スタッフのプライベートな空間と共に、スタッフの会議や、セミナー、後援会など様々な活動に対応できる多目的な場として、ミーティングルームを配した。

2階外部の広いルーフテラスは、パーティなどイベントにも対応できる。